努力する天才と、ただぼやく凡人
うちの弟の奥さまのお姉さんが、中学時代イチロー選手と同級生だったらしい。
全く持ってどうでも良いことだが・・・
イチロー選手は私とほとんど歳は違わない、僕が1つ上だ。
まああんな天才を見て自分が叱咤激励されることはないが、一本筋の通っている人はここまでもまあ違うのだろうと思わされる。
上手くいかないときには道具のせいにしがちだけど、技術的な器(幅の広さ)を持っている必要があると言うところはなんとなく解る。
少なくとも「努力する凡人」ではありたいと思う。
聞くところによると、イチロー選手は、バットを変えないという。なぜか。小西慶三著『イチローの流儀』(新潮社)に本人のつぎのようなコメントがあった。
「バットは水分を吸い込んで重くなったり、環境によって微妙な変化がある。バットが木という自然の材質でできている以上、常にベストの状態を期待するのは不可能なんです。だから、ピンポイントでバットがベストの状態にこないといけない選手ではこの世界で長くやっていくことはできない。長いシーズンを乗り切っていく上で、バットの変化をカバーできるような技術的な器の大きさを持っていないと苦しいんです」
イチローは、最高の道具を使っているという。しかし、不調になってもそれを用具のせいにはしない、ということだろう。