I-1 持続可能な建設業の実現について(4)インフラの長寿命化に資する維持管理技術の高度化ー令和7年度技術士第二次試験問題〔建設部門〕
1. 最重要技術課題の選定理由
最も重要と考える技術課題は、インフラの長寿命化に資する維持管理技術の高度化です。
選定理由: 建設業は、社会資本の「整備」だけでなく、「管理」の主体でもあり、災害時における「地域の守り手」としての重要な役割を担っています 。高度経済成長期に集中的に整備されたインフラの老朽化が深刻化しており、適切な維持管理が行われないと、インフラ機能の停止や重大な事故につながり、国民生活や社会経済に甚大な被害を与えます。また、資材価格の高騰や担い手の不足が進む中で、全てのインフラを建て替え続けることは現実的ではありません。このため、予防保全型の維持管理に移行し、インフラの長寿命化を図ることは、社会の持続性を確保し、将来の維持管理コストを抑制する上で、最も根幹となる課題であると判断しました。
2. 複数の解決策
「老朽化インフラに対する効率的・高精度な点検診断技術の確立とデータ連携基盤の構築」という課題に対し、以下の3つの解決策を提示します。
(1) ドローン・AIを活用した非接触・高精度な点検技術の確立
解決策の概要: 従来の人手による近接目視中心の点検から、非接触型のデジタル点検へと転換し、点検作業の安全性、効率性、客観性を飛躍的に向上させます。
技術的詳細:
広域・高所インフラへのドローン活用: 橋梁やトンネル、ダムといった構造物に対し、ドローンに搭載した高解像度カメラやレーザースキャナを用いて、短時間で広範囲の点検データを取得します。これにより、点検作業員の危険な高所作業を削減し、安全性を確保します。
AIによる損傷自動検出・診断: 取得した画像をAIに学習させ、ひび割れ、剥離、錆などの損傷箇所を自動で検出・分類します。このAI診断により、点検員の技能レベルに依存しない客観的かつ定量的な診断を可能とし、点検精度のばらつきを解消します。
IoTセンサーによる常時監視: 重要な構造部材にはIoTセンサーを組み込み、ひずみ、振動、腐食速度などのデータを常時リアルタイムで収集し、構造物の健全性を遠隔でモニタリングする体制を構築します。
(2) BIM/CIMを核とした維持管理データ連携基盤の構築
解決策の概要: 設計、施工、点検、修繕の各段階で発生する情報を一元的に管理・共有するデータプラットフォームを構築し、維持管理の計画・実施の効率化を図ります。
技術的詳細:
デジタルツインの構築: BIM/CIMモデルをベースとし、センサーデータや点検結果を統合したインフラのデジタルツインを構築します。これにより、構造物の現在の状態だけでなく、将来的な劣化予測シミュレーションを可能にします。
データ連携の標準化: 点検結果、修繕履歴、資材情報などのデータ形式を標準化し、発注者と維持管理業者間でのシームレスな情報共有を可能にします。これにより、データの再入力や変換作業を排除し、維持管理計画策定の効率化を支援します。
予防保全への移行: 収集・分析されたデータに基づき、損傷が深刻化する前に最適なタイミングで補修を実施するCBM (Condition-Based Maintenance: 状態基準保全)を導入し、インフラの長寿命化とライフサイクルコストの最小化を目指します。
(3) 新材料・新工法によるインフラの耐久性向上と高性能化
解決策の概要: 既設構造物に対し、高い耐久性・耐候性を持つ新材料や、迅速な施工を可能にする工法を適用し、構造物の長寿命化を物理的に実現します。
技術的詳細:
高性能補修材の開発・導入: 従来の材料よりも耐塩害性、耐凍害性、ひび割れ追従性に優れた超高強度コンクリートや繊維補強複合材料(FRP)などの新材料を、補修・補強工事に積極的に適用します。
維持管理を容易にする設計手法: 新設・改修時に、点検や補修が容易に行えるよう、点検足場の設置スペースや部材の交換性を考慮した維持管理性の高い設計(DSM:Design for Maintainability)を導入します。
無機系表面保護技術の応用: コンクリート構造物表面に、劣化因子(水、塩化物イオン)の浸入を抑制する高性能な無機系表面保護材を塗布する技術を開発・標準化し、老朽化の進行を遅延させます。
3. 将来的な懸念事項とそれへの対策
懸念事項 1:点検データの大容量化とAI診断のブラックボックス化
専門技術を踏まえた考え
ドローンやレーザースキャナによる高精度な点検、IoTセンサーによる常時監視が普及すると、点検データの容量が爆発的に増加し、その収集、保存、解析のためのインフラ投資(ストレージ、高速通信網)が追い付かなくなる懸念があります。さらに、AIによる損傷診断は非常に効率的ですが、その判断根拠が技術者にとって不明瞭になる**(ブラックボックス化)リスクがあります。点検結果がAIによってのみ判断されるようになると、技術者が現場特有の状況や構造的な特性を考慮に入れられず、診断結果の過信や誤診**につながる可能性があります。
対策
エッジコンピューティングの導入: 大容量データを全てクラウドに送るのではなく、ドローンやセンサーといった現場側のデバイス(エッジ)で一次処理(例:ノイズ除去、損傷初期検出)を行うエッジコンピューティングを導入し、データ転送負荷を軽減します。
説明可能なAI(XAI)の導入: AIが損傷を検出・診断した際、その判断根拠や重要視した特徴を技術者に対して可視化するExplainable AI(XAI)技術を導入します。これにより、AIの診断を技術者が工学的に検証し、最終的な補修・補強計画の精度と信頼性を高めます。
データセキュリティとプライバシー保護: 収集されたインフラの機密性の高いデータを保護するため、高度な暗号化技術やアクセス制御を適用し、サイバー攻撃や不正利用のリスクに備えます。
懸念事項 2:維持管理技術の高度化に伴う技術者間のスキルの二極化
専門技術を踏まえた考え
点検・診断技術が高度化し、データ連携基盤(デジタルツイン)の運用が主流になると、建設技術者には従来の土木・建設工学の知識に加え、**データサイエンス、AI、通信技術(ICT)に関する高度な知識が求められます。この結果、デジタル技術を使いこなせる「データ駆動型技術者」と、従来の技能に留まる「現場技能者」**との間で、技術者としての価値や収入の二極化が進む懸念があります。特に、高齢の技術者や中小企業の技術者が新しいスキルを習得できず、維持管理業務の担い手不足が一層深刻化する可能性があります。
対策
全世代向けデジタルリスキリング: 国や業界団体が主導し、AI・データ解析やBIM/CIMデータ活用に特化した、全年齢層を対象とした実践的な再教育(リスキリング)プログラムを体系的に提供します。
複合スキルを持つ専門家の育成: 建設技術とICTスキルの両方を持ち、データ連携基盤の運用やAI診断の検証ができる維持管理DX推進専門家を育成します。資格制度やインセンティブを設けて、技術者のスキルアップを促します。
地域技術センターによる技術支援: 中小企業に対し、高価な点検機器やデータ解析ソフトウェアを共同利用できる仕組みを整備し、専門家を派遣して技術的なサポートを行うことで、地域全体での技術レベルの底上げを図ります。
懸念事項 3:CBM(状態基準保全)への移行に伴う初期投資の増大と予備的修繕コストの増加
専門技術を踏まえた考え
予防保全の理想的な形であるCBM(状態基準保全)を実現するためには、多数の構造物にIoTセンサーを設置し、常時データ収集するシステムが必要となり、多額の初期投資が発生します。また、AIの劣化予測シミュレーションに基づき、目視で確認できない初期段階の損傷に対しても積極的に修繕を行うため、年間あたりの修繕工事の件数が増加し、一時的に予備的修繕コストが増大する懸念があります。このコスト増大が、インフラ管理者(自治体など)の予算編成を圧迫し、予防保全への移行が停滞する可能性があります。
対策
インフラ重要度に応じた段階的投資: 全てのインフラに一律にCBMを導入するのではなく、交通量の多寡、被災時の影響度などを考慮した重要度ランク付けを行い、段階的かつ戦略的に投資を行います。初期段階では、重要度の高いインフラに集中的にセンサーを設置し、効果を検証します。
ライフサイクルコスト(LCC)評価の義務化: 初期投資が増加しても、長期的な視点でLCC(維持管理・修繕・更新費用)が最小化されることを明確に示すため、すべての維持管理計画においてLCC評価の実施を義務付けます。
性能規定の導入: 補修・補強工事において、具体的な工法を指定するのではなく、「耐用年数を○年延長する」といった性能規定を導入し、技術者が新材料や革新的な工法を自由に提案・適用しやすい環境を整備します。
4. 業務遂行に必要な要件
4.1 技術者としての倫理の観点
インフラの長寿命化と維持管理の高度化を推進するにあたり、技術者には公共の安全と福祉を最優先し、技術的判断の公正さを維持することが強く求められます。
公共の安全と福祉の絶対的優先:
老朽化対策において、コスト削減や工期短縮を目的として、点検の省略や不適切な補修を行うことは、重大な事故につながるため厳に戒めます。常にインフラの安全確保と機能維持を最優先とし、必要と判断される補修・補強計画を誠実に提案・実行します。
災害時における「地域の守り手」としての役割を果たすため、維持管理技術の高度化(AI診断、CBMなど)を推進する中でも、非常時の人による緊急点検や応急措置能力を保持し、技術者としての現場対応力を維持します。
データの誠実な管理と客観性の保持:
ドローンやセンサーから収集した点検データ、AIの診断結果など、維持管理に関するすべてのデータについて、改ざんや恣意的な解釈を行わず、その**真正性(信頼性)**を確保します。
新材料や新工法の適用に際しては、メーカーや技術提供者の情報に依存せず、構造工学的な知見に基づき、その耐久性や適用性を客観的に検証し、技術的判断の公正性を保持します。
社会的説明責任と透明性の確保:
- 維持管理計画の変更(予防保全への移行、CBM導入など)に伴う予算増大や修繕時期について、インフラ管理者や地域住民に対し、ライフサイクルコスト(LCC)評価を用いて、その合理性と長期的なメリットを丁寧に説明する責任を果たします。
4.2 社会の持続性の観点
インフラの長寿命化は、資源の有効活用、財政負担の平準化、そして地域の強靭化を通じて、社会の持続性を支える上で最も重要な要素です。
資源の有効活用と環境負荷の低減:
構造物の長寿命化を実現することで、建て替えサイクルを長期化させ、それに伴う大量の資源消費(コンクリート、鋼材など)や廃棄物、CO2排出量を大幅に削減します。
BIM/CIMやデジタルツインを活用し、補修に必要な材料や範囲を最小限に抑え、建設副産物(廃材)の発生抑制と省資源化を徹底します。
財政負担の平準化と持続的な維持管理体制の構築:
予防保全型管理(CBM)への移行により、大規模な事後保全を回避し、修繕コストを平準化することで、インフラ管理者の財政的な持続性を確保します。
維持管理技術の高度化に伴うデジタル技術のスキルを、**技術者育成プログラム(リスキリング)**を通じて組織的に継承し、将来にわたって維持管理業務を担える人材を安定的に確保することで、維持管理体制の持続性を確保します。
レジリエンスの強化と地域の守り手としての役割:
高精度な点検診断技術とデータ連携基盤により、インフラの健全性を常に把握し、地震や豪雨などの災害発生時にも迅速かつ的確に被災状況を判断できる体制を構築します。
インフラの長寿命化は、社会資本の機能停止リスクを低減し、災害からの早期復旧を可能にすることで、**地域社会のレジリエンス(強靭性)**を強化し、「地域の守り手」としての役割を継続的に果たします。
