I-1 持続可能な建設業の実現について(3)魅力的な労働環境の実現と安全性の強化ｰ令和7年度技術士第二次試験問題〔建設部門〕
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1. 最重要技術課題の選定理由
最も重要と考える技術課題は、魅力的な労働環境の実現と安全性の強化です。
選定理由: 建設業が社会資本の整備・管理の主体であり続け、また災害時の「地域の守り手」としての役割を果たすためには、まず担い手の確保が絶対条件です 。現在の建設業は、厳しい就労条件を背景に就業者の減少が著しく、高齢化や若年層の不足が深刻に進行しています 。また、令和6年4月から罰則付き時間外労働規制が適用されており、これに対応しつつ、適切に工事を実施する環境づくりが喫緊の課題です 。この課題を解決することは、人手不足の解消と長時間労働の是正に直結し、結果として生産性向上や品質確保の基盤となるため、最優先で取り組むべき課題と判断しました。
2. 複数の解決策
「罰則付き時間外労働規制に対応するための全天候型・省人化施工技術の確立」という課題に対し、以下の3つの解決策を提示します。
(1) オフサイト施工（モジュール化・ユニット化）の本格導入
解決策の概要: 現場で行っていた作業を、天候に左右されない工場内での生産（オフサイト施工）に移行することで、現場作業時間を大幅に短縮し、長時間労働を抑制します。
技術的詳細:
生産環境の改善: 工場内での作業は、現場と比べて温度管理や照明が適切に行われ、安全性が高く、女性や高齢者も働きやすい環境を提供できます。
工期の短縮と品質安定化: 構造物の一部や設備ユニットを規格化されたモジュールとして工場で生産し、現場では組み立てる作業に特化することで、現場の拘束時間を削減し、時間外労働を削減します。
技術者配置の効率化: 現場の作業量が減ることで、少数の熟練技術者を広範囲の現場に配置することが可能となり、管理体制の効率化にもつながります。
(2) 建設ロボットと遠隔操作技術による「3K」作業からの解放
解決策の概要: 危険で過酷な作業（3K: きつい、汚い、危険）を、建設用ロボットや遠隔操作技術に代替させることで、作業員の身体的負荷を軽減し、労働災害のリスクを低減します。
技術的詳細:
遠隔臨場・遠隔管理の徹底: ドローン、ウェアラブルカメラ、IoTセンサーなどを活用し、現場に行かずとも事務所から遠隔で臨場や品質管理を実施できる体制を確立します。これにより、現場への移動時間や待機時間を削減し、間接的な労働時間を大幅に短縮します。
自律施工・パワーアシストの導入: 高所作業や掘削、重量物の運搬といった危険・重労働を、自律走行する建設ロボットや作業員に装着するパワーアシストスーツで代替します。これにより、現場の安全性を飛躍的に高め、身体的負担の軽減によって多様な人材が就業可能な環境を創出します。
(3) BIM/CIM・クラウドを活用した情報共有の高度化
解決策の概要: 設計、施工、協力会社間で工事情報をリアルタイムに共有・連携するクラウドプラットフォームを構築し、手戻りや非効率な打ち合わせを削減することで、技術者の間接的な労働時間を削減します。
技術的詳細:
ペーパーレス化と即時情報共有: 3次元モデル（BIM/CIM）や電子図面をタブレットやクラウドで共有し、紙の資料作成・確認作業を撤廃します。これにより、現場での情報検索時間を短縮し、誤った情報に基づく手戻りを防ぎます。
AIによる書類作成支援: 煩雑な施工計画書や検査書類の作成をAIが支援することで、技術者の事務作業負荷を大幅に軽減し、長時間労働の原因となる持ち帰り残業を解消します。
労働時間管理の適正化: IoTを活用した作業員の入場・退場データの自動収集や、BIM/CIMに基づく作業進捗の可視化により、労働時間の適正な把握と、過度な残業が発生する前の早期介入を可能とする管理体制を構築します。
3. 将来的な懸念事項とそれへの対策
懸念事項 1：デジタル格差による中小建設業者の競争力低下と地域インフラ維持への影響
専門技術を踏まえた考え
オフサイト施工やBIM/CIM、ロボット技術は多額の初期投資と高度なITスキルを必要とします。資金力や人材が限られる中小建設業者は、これらの技術導入が遅れ、デジタル化が進む大手企業との間で生産性の格差が拡大するおそれがあります。中小建設業者は、災害時における「地域の守り手」であり、地方の小規模インフラの維持管理を担う主体ですが、競争力が低下すると、地域インフラの維持体制が崩壊し、社会の持続性に深刻な影響を与える懸念があります。
対策
標準化されたパッケージシステムの提供: 国や業界団体が主導し、中小企業でも導入しやすい安価で操作が容易なBIM/CIMデータ連携システムや遠隔臨場ツールを開発し、標準パッケージとして提供します。
技術導入への支援制度: 建設ロボットやスマートファクトリーの導入に対する補助金制度の拡充や、税制優遇措置を講じ、地域の中小企業が共同で設備投資を行うための仕組み（シェアリングモデル）を構築します。
地域技術センターの設置: デジタル技術の操作指導や、リスキリング（再教育）を行うための地域拠点を整備し、デジタル人材の育成を支援します。
懸念事項 2：ロボット・AIへの依存による技術者・技能者の判断能力の低下と技能の空洞化
専門技術を踏まえた考え
建設ロボットやAIによる自律施工、遠隔操作が進むと、現場の技術者や技能者は、複雑な地盤の状況判断や突発的なトラブルに対し、自身の経験や五感に基づく判断を行う機会が減少します。特に、オフサイト施工が増えることで、現場での応用的な施工技能が若年層へ伝承されにくくなり、技術者・技能者の判断能力が低下し、マニュアル外の事態や大規模災害時などに適切な対応ができなくなるリスクがあります。
対策
「Human-in-the-Loop」教育の徹底: AIやロボットが提示する施工計画や診断結果について、技術者が工学的原理や構造力学に基づき、最終的な判断と責任を負う**「Human-in-the-Loop（人が関与する仕組み）」**の思想を教育に組み込みます。
技能のデジタルアーカイブ化と仮想体験: 熟練技術者の高度な技能（例：微妙な土の締固め具合の判断、複雑な溶接技術）を3Dスキャナやセンサーで計測し、デジタルアーカイブ化します。これをVR/AR技術と組み合わせて仮想空間で繰り返し体験できる訓練システムを開発・導入し、実体験に代わる技能伝承を可能にします。
定期的な非デジタル技能訓練: デジタル技術に依存しない、従来の基礎技能（計測、図面読解、応急措置）に関する訓練を義務付け、災害時の「地域の守り手」としてのサバイバル能力を維持します。
懸念事項 3：新しい技術に対応できる労働安全衛生管理体制の未整備
専門技術を踏まえた考え
遠隔操作ロボット、AI監視システム、スマートファクトリーでのモジュール生産など、新しい技術が導入されることで、従来の現場中心の安全衛生管理体制では対応できない新たなリスクが発生します。例えば、遠隔操作時の通信途絶や遅延による事故リスク、ロボットと作業員の協働作業における危険領域の設定ミス、工場での製造業特有の安全衛生リスクなど、技術的な変化に合わせたリスクアセスメントと管理手法の確立が急務となります。
対策
技術連動型のリスクアセスメント手法の確立: ロボットの動作特性やAIの判断の不確実性を考慮に入れた、新しい技術に特化したリスクアセスメント手法を開発・標準化し、施工計画の段階で技術者が評価することを義務付けます。
サイバーセキュリティを組み込んだ安全管理: 遠隔操作システムの通信途絶を防ぐための冗長性の確保や、システムの不正アクセス・誤作動を防止するためのセキュリティ技術を安全管理計画に組み込みます。
新たな安全衛生管理者の育成: 従来の土木・建築の安全衛生管理者だけでなく、製造技術やロボティクス、情報通信技術（ICT）に関する知識を持つクロスボーダーな安全管理者を育成し、スマートファクトリーや高度にデジタル化された現場の管理にあたらせます。
4. 業務遂行に必要な要件
4.1 技術者としての倫理の観点
技術者としての倫理は、デジタル化やロボット技術の導入により責任の所在が複雑化する中で、公共の安全と福祉を最優先し、信頼を維持するために不可欠な要件です。
公共の安全と福祉の優先:
抽出した課題の解決策（生産性向上、労働環境改善など）を実行する際、コストや工期の制約があっても、社会資本の構造的な安全性と品質を絶対に犠牲にしないこと。最終的な品質保証責任は技術者が負うという意識を徹底します。
災害時における「地域の守り手」としての役割を果たすため、平常時からインフラの機能維持と緊急時の対応能力を確保するための技術的判断の公正さを維持します。
誠実性と客観性の保持:
BIM/CIMデータや維持管理履歴といった機密性の高い情報の収集・分析において、意図的な改ざんや誤情報の流布を厳に戒め、データの信頼性（サイバーセキュリティ対策を含む）を確保します。
解決策の評価・選定において、特定の技術や製品に偏ることなく、技術的知見に基づいた客観的かつ公正な判断を行います。
継続的な研鑽と社会的説明責任:
AIやロボット、オフサイト施工といった新しい技術の進展に対応するため、専門技術の継続的な学習と知識のアップデートに努めます。
技術課題の解決策（DX推進や労働規制対応）が社会や地域経済に与える影響（雇用構造の変化、地域業者の競争力低下など）について、利害関係者に対して倫理観を持って明確かつ丁寧に説明する責任を果たします。
4.2 社会の持続性の観点
社会の持続性は、担い手の確保、環境負荷の低減、そして強靭な社会資本の維持を通じて実現されるべき要件です。
持続可能な担い手の確保:
罰則付き時間外労働規制に対応しつつ、省人化やオフサイト施工といった技術を導入することで、厳しい就労条件を改善し、建設業の**「高齢化や若年層の不足」**の解消に貢献します 。
デジタル技術を活用した技能伝承の効率化を図り、技術と経験を組織全体で共有・継承することで、技術力の持続性を確保し、将来にわたって建設業の役割を担い続けることができる基盤を築きます 。
環境負荷の低減と資源の有効活用:
BIM/CIMを用いた設計段階で、資材の最適化や残土の発生抑制を計画し、建設プロセスにおけるCO2排出量や廃棄物の削減に取り組みます。
老朽化インフラの維持管理において、長寿命化技術や効率的な診断技術を適用することで、建て替えサイクルを長期化させ、資源の消費を抑制します。
強靭な社会資本の維持と地域貢献:
高度化された維持管理技術により、社会資本の機能低下を未然に防ぎ、国民生活や社会経済活動を支えるインフラの機能を継続的に維持します 。
地域の守り手として、地域分散型のスマートファクトリーの整備などを通じて地域経済の持続性を支えるとともに、災害時における地域の防災・復旧体制の核としての役割を強化します 。
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